人の成長が価値になる時代へ
生成AIの進化により、コンタクトセンターの業務は大きな転換期を迎えています。問い合わせ対応の自動化や業務効率化が進む一方で、これからのコンタクトセンターには、これまで以上に「人だからこそ生み出せる価値」が求められています。
AIが当たり前になる時代に、対応者にはどのような役割が期待されるのか、そのような人材を育成するために、教育やマネジメントはどのように変わるべきなのでしょうか。
本連載では、コンタクトセンターの運営・教育コンサルティングに長年携わり、多くの企業の人材育成を支援してきた株式会社OPERAの山尾寿々子さんにご寄稿いただきました。
AIと共存する時代におけるコンタクトセンター人材のあり方、そして教育の未来について考える全3回の連載です。
連載テーマ
- 第1回 AI時代、「人」の価値はどこにあるのか 今回の記事
- 第2回 「対応者」から「関係性を創るプロフェッショナル」へ 9月下旬公開予定
- 第3回 「教える」から「成長を支援する」へ 10月初旬公開予定
AIが担うこと、人が担うこと。そして、人の成長を支える教育とは何か。コンタクトセンターの未来を考えるヒントを、ぜひご覧ください
AI時代、「人」の価値はどこにあるのか― Knowledge is data, Experience is life. ―
1.AIができることが増えるほど、「人が何を担うか」が問われる
生成AIをはじめとしたテクノロジーの進化によって、コンタクトセンターの業務は急速に変化しています。FAQへの回答、手続き案内、顧客情報の検索、応対内容の要約など、これまでオペレーターが担ってきた業務の一部は、すでにAIによって代替・支援できるようになっています。今後、AIエージェントの活用が本格化すれば、その領域はさらに広がっていくでしょう。
こうした変化を前にすると、「オペレーターの仕事はなくなるのではないか」「これから人には何が残るのだろう」という議論になりがちです。しかし、本当に問うべきなのは、「人の仕事がなくなるかどうか」なのでしょうか。重要なのは、AIによって人の価値がなくなるかどうかではありません。むしろ、AIができることが増えるからこそ、「人が何を担っていくのか」を明確にする必要があるのではないでしょうか。その問いは、そのまま「これから何を育てるべきなのか」という人材育成の問いにもつながります。
2.「Knowledge is data, Experience is life.」
今回のテーマであるAI時代における人の価値を考えていく中で、人の価値を一言で表現できる言葉はないだろうか?と考える中で、行き着いたのが、「Knowledge is data, Experience is life.」という言葉です。私は、生きた「経験」こそが、人だからこそ持つ価値の一つではないかと考えています。AIは、膨大な情報を蓄積し、高速かつ正確に処理することができます。過去の大量のデータからパターンを読み取り、合理的な選択肢を提示することも得意です。
一方、人には一人ひとり異なる『経験』があります。顧客との会話で戸惑った経験。うまく説明できなかった経験。厳しい言葉を受けて感情が揺れた経験。怒っていた顧客が、最後には安心して電話を切ってくださった経験。そこには、単なる情報だけではなく、背景や文脈、感情、相手との関係、自分自身の判断があります。
そして人は、その経験を振り返り、「なぜ、あのときうまくいかなかったのだろう」「お客様は何を求めていたのだろう」「自分の言い方によって、相手はどう感じただろう」「次に同じことが起きたら、どうしよう」と考えることができます。経験から意味を見いだし、それを次の行動へつなげます。そこに、人ならではの学習があります。
AIがデータから最適解を導く一方で、人はこれまでの「経験」を土台に、背景や文脈、感情を捉え、そこに意味を見いだします。そして、価値観や倫理観も含めて判断する。この「経験を通じて意味をつくる力」に、人ならではの価値があるのではないでしょうか。
3.AIと人を、「得意・不得意」だけで分けない
ここで注意したいのは、「AIには感情が分からない。だから人が必要だ」と単純化しすぎないことです。AIにも、言葉や声などから感情を解析し、それに応じた反応を生成することはできます。その能力は今後さらに高まっていくでしょう。だからこそ、AIと人を「できる・できない」で二分するのではなく、それぞれの特性を“どう組み合わせるのか”という視点が必要です。
たとえば、顧客から「もう解約します」と言われたケースを考えてみます。データとして見れば、「解約希望」という一つの事象です。しかし、実際には、サービスに対する不満なのか、料金への負担感なのか、過去の対応への不信感なのか、あるいは別の生活上の事情があるのか。その背景によって必要な対話は変わります。声のトーン、話す速さ、言葉の選び方、これまでのやり取りなどを捉えながら、「本当に解約することだけが、この方の希望なのだろうか」と考え、問いを立てる。そこから初めて、その顧客にとって意味のある対話が始まります。
AIが情報の整理や選択肢の提示を支援し、人はそれを踏まえて顧客の背景や文脈を捉え、その人にとっての意味を考える。これから重要になるのは、AIと人を「どちらが優れているか」で比較することではなく、それぞれの強みを生かしながら、顧客にとってよりよい体験をつくることではないでしょうか。
4.コンタクトセンターは「答える場所」から「関係を創る場所」へ
人に求められる価値が変われば、コンタクトセンターそのものの役割も変わります。
これまでのコンタクトセンターでは、「問い合わせに正しく答える」「決められた業務を正確に行う」「できるだけ効率的に処理する」といったことが重視されてきました。もちろん、正確さや効率性が不要になるわけではありません。
しかし、定型的な問い合わせをAIが担うようになれば、人が対応する場面には、より複雑な事情や感情、判断が伴うようになります。これからのコンタクトセンターで人に求められるのは、単なる「疑問・不満の解消」ではなく、顧客と企業の「関係の質」を高めることだと思います。その一つひとつの応対を通じて、自社の考え方や姿勢を伝え、企業への信頼やブランド価値を高めていく。
つまりコンタクトセンターは、単なる問い合わせ窓口から、自社ブランドの価値や姿勢を、顧客に体験していただく場へと変わっていく必要があります。
顧客にとってコンタクトセンターは、企業と直接会話する数少ない接点です。一回の応対によって、「この会社なら安心できる」と思っていただけることもあれば、「もうこの会社とは関わりたくない」と思わせてしまうこともあります。そう考えると、コンタクトセンターは単なるコストセンターではありません。企業の考え方や姿勢を顧客に伝え、信頼を創る重要な顧客接点です。 AI時代だからこそ、私たちはその役割をあらためて認識する必要があるのではないでしょうか。
5.教育も「知識を教える」から「経験から学ぶ」へ
では、教育はどのように変革していったらよいのでしょうか。従来の新人研修では、商品知識、業務知識、システム操作、応対手順など、「正しい答えを覚えること」に多くの時間を使ってきました。もちろん、これらはこれからも必要です。
しかし、知識を持っていることだけでは、人が担う価値にはなりにくくなります。これから必要になるのは、知識を土台に、企業の考え方を自分の言葉で語れること。相手の状況や背景を捉え、その人にとって何が重要なのかを考えられること。そして、自分自身の経験を振り返り、変化を受け入れながら主体的に成長できること。つまり、「学び続けることのできる人」です。
そのためには、研修の中で一度教えて終わるのではなく、現場で経験し、その経験を振り返り、次に試すという循環をつくる必要があります。 AI時代の教育改革は、まず、「これから人に何を担ってほしいのか」を考えるところから始めることです。AIが進化するからこそ、人の価値を小さく考えるのではなく、人だからこそ生み出せる価値を明確にする。そして、その価値を育てる教育へ変えていく。それが、AI時代のコンタクトセンター教育を考える第一歩ではないでしょうか。
まとめ
- AI時代に重要なのは、「人の仕事がなくなるか」ではなく「人が何を担うのか」を再定義することである。
- AIが知識や情報処理を支えるほど、人には背景・文脈・感情を捉え、「経験」から意味を見いだす力が求められる。
- 教育も「正解を教える」だけではなく、「経験から学び続けられる人を育てる」方向へ変えていく必要がある。
執筆者紹介
株式会社OPERA 代表取締役 山尾寿々子
【プロフィール】
大手BPO事業会社にてセンター新規立上げ、センターマネージャーとして12年間、運営統括を担う。2016年株式会社OPERAを創業。 人材育成・業務支援・コンサルティングを軸に、多様な顧客現場における課題解決に従事。オペレーションと人材の両面から価値向上 を図り、組織変革の実現を目指している。